隠キャの僕がナンパをできるのか、過去から読み解いて

あずま(@azumakotoba)です

夢を見た

小学校中学校時代に恋をしていたM子の夢だ

夢の中ではその日は学校最後の授業で皆が帰りの支度をしていた

人がどんどんいなくなっていく中、席が隣のM子だけ残っていた

これは絶好のチャンスだと思い、彼女をデートに誘おうとする

彼女もそれを待っているかのようなオーラを身にまとっている

今だ、今行かないでどうする

苦悩している間に当時の親友M郎が出てくる

「今日帰りに一緒に遊ぼうぜ!」

僕の苦悩は楽な方向へ完全シフトする

「いいよ、行こうぜ!」

声を発した瞬間に何か僕はとんでもないことをしてしまったのではないかという後悔の念が襲ってくる

僕は、結局、何もできないのか?

地雷原を進むかのごとくスピードでクラスのドアまでたどり着く

そしてドアを開ける

そのドアの開け方は今から電車に飛び込むのかと思えるほど暗鬱としていた

そのまま線路に落ちていく僕

むしろ電車に轢かれて死んでしまいたい

出たあとに、ああ、やっちまった

いややれなかった

僕は何にもできなかった

結局、僕は何もできなかった

クソだ、クソ野郎だ、クソ、クソ、クソ

あああ、ダメだ、これじゃダメだ

体全体が虚脱状態でふらふらになりながら食堂のパンを眺めている

靴箱の薄汚れて年期の入った暗闇と、玄関外校庭のガランとしてお日様が大地を白く染めている、とても虚しい

そんな夢を見た

僕は夢の中で小学校の頃好きだった女の子のことを思い出す

夢に出てくる女の子は二人

A子とM子だ

A子はガチで小学校から中学校の卒業まで9年間片思いをしていた面倒見のいい宮崎あおい似の女の子

M子は小学校の途中で転校してきた可愛いコギャル

僕はガチで好きなA子にいつか告白しようとしていた

しかしM子のことも好きだった

変な話さっさとA子に告白してダメだったらM子に告白すればいい話だった

しかし結局、どちらにも告白できずに学生生活は幕を閉じた

その煮え切らない思いがずっと心の中に残っているからこういう夢を何度もみるのだろう

結局僕には彼女ができるのか?

要は俺はウジ虫野郎なのだ

自分が傷つくのを過剰に恐れ行動に移せない

つまり傷つくのに慣れていない

世の中の隠キャどもはそういう思考だろう

だからこの根本を荒療法でも治療しないといけない

傷つくことに慣れてしまえばいい

その治療法というのがナンパ

ナンパは隠キャを救うのか?

ちなみにこれは僕が考えた方法ではなく宮台真司という社会学者が考えた方法だ

僕はそれまでナンパはチャラい男がやることで自分とは程遠い行為だと考えていた

しかし宮台真司のナンパ論に耳を傾けるうちに、そうか、確かにナンパいいねと思い始めたのだ

ちなみにまだ実行には移せていない

やはりまだ恐怖心があるのだ

しかしこの恐怖心を克服しないことには先には進めない気がする

そもそも全ては慣れなのだ

慣れていないことには緊張して当たり前ではないか

だからとにかく行動に移すということだよね

行動しないと何も変わらないのだ

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