「三角宇宙」吉本ばななの文体の謎について迫る

お久しぶりですあずま(@azumakotoba)です

この三角宇宙なる本は1990年1月20日に発行された吉本ばなな谷川俊太郎高田宏による三人の対談本である

恥ずかしながら僕はこの3人の著作を全く読んだことがない

そんな僕が映画1本分の時間を捧げて読んだ理由は

 

尊敬する先輩女子に貸してもらったからだ

 

そう、男という生き物は尊敬する先輩女子から貸してもらった本は食人族の話だろうとリア充の1日について事細かに書いてあるエッセイだろうとどんなジャンルだろうが必ず読んでしまう生き物なのだ

というわけで人身事故で箱詰めになった車内でこの本を黙々と読み通した

軽さには羽毛の軽さと鳥の軽さがある

面白いと思った話が幾つかあったが特に印象の残ったのがこのお話

軽さには2種類あって羽毛の軽さ鳥の軽さがある

 

どういうことかというと

羽毛の軽さは何もない軽さ

鳥の軽さは意思のある軽さ

 

ちなみにこの言葉は谷川俊太郎さんが海外の詩人の誰かさんから聞いた言葉なのだそう

吉本ばななの文体は鳥の軽さ

なぜこんな話が出たのかというとそれは吉本ばななさんの文体の話になったからだ

 

吉本ばななさんの本の文章はとても読みやすい

しかし読みやすい文章というのはデメリットもある

読みやすいとは軽いということ

そして軽いというのは薄っぺらいと感じてしまう危険性を常に孕んでいるということだ

その危険を出産させずに書きぬいた境地に鳥の軽さが出てくる

鳥の軽さ、それはつまり意思がある軽さなのだ

 

吉本ばななさんは意識的に軽くなるように仕組んでいる

それは子どもでも簡単に読める文章を、と思いながら書いているからだ

それは彼女自身が子どもの頃に感じた難しくて読めない本への復讐でもある

 

僕たちは鳥の軽さになれるのか?

これは現実世界でもそうなのではないだろうか

 

例えば軽い男

ヘラヘラしているように見えても信頼される人もいれば全くどうしようもない男もいる

これはつまり意識がかかっているかどうかの差なのではないか

 

ただただ何も考えずに風に吹かれるまま毎日を過ごす奴は薄っぺらい羽毛の軽さ、つまりそれは何も自分の理念がない

風に吹かれるままのようで実は微妙にそれを風の当たる体の位置とかをコントロールしている人は鳥の軽さ、つまりそれは何かしら自分の理念があってそれに沿って生きているということだ

自分の芯となる根本的な考え方が確立してそれに沿って行動している人は魅力的になるのだ

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