東浩紀主催「批評再生塾」第4期に入るか迷う俳優の話

あずま(@azumakotoba)です

批評家兼哲学者である東浩紀氏のゲンロン0を読んで批評の世界にハマってしまった

でもハマったといったもの、自分が批評を書こうとかは全く思っていなかった

でも書いてみたいかもと思ったきっかけが批評再生塾第4期募集説明会の動画である

その動画の中で主任講師でもある佐々木敦氏が「こっち側にこいよ」そうすればわかると発言した

批評再生塾に入って本気で取り組めば本当に人生が変わるらしい

本当に”そっち側”に行けば分かるのか?

興味を持って哲学や批評文をさらっと趣味程度に読んでいたくらいで僕でもやれるのだろうか?

でも人生を変えたい、僕は人生を変えたいんだ!

そう思っちゃった

そしてその人生を変えたいという意味は僕が批評を職業にしたいからではない

ではなぜかというとそれはつまり僕は俳優だからだ

俳優は内なる世界を持たなければならない

僕が俳優として活動する中で気づいたことは自分の中に世界を持っていないといけないということ

世界が薄っぺらい人間の演技はやはり薄っぺらい

自分自身はどうなのかというと、かなり独特の世界観を持っていると自負している(自画自賛)

それは僕の演技を見た他の人からの評価からもそれは自覚している所存である

ただし、僕には致命的な苦手分野がある

それは自分の中にある世界の言語化が著しく苦手だということ

それを鍛える為にこのブログも書いている

小学生時代、作文も死ぬほど嫌いで、というか何を書けば良いのかが全く思い浮かばなくて居残りで先生に殴られたりした(今だったら体罰!!)

更に何も言いたいことも書きたいこともない人間だったから人前で自分の意見を言えと言われても本当に何を言えば良いのか分からずにパニックになってしまう

そんな僕が役者をやれているというのも不思議と思われるかもしれないが、役者という職業は自分の世界と脚本の世界がパズルのピースのようにピッタリ合う瞬間がありそこを見つけられれば良い感じに演じることができてしまうのだ

そして僕の資質としてのパズルそのものは結構面白いのだ。しかしピースの形が独特なゆえ、合うことが中々なく合えば爆発的に面白い演技になるが、実際は無理矢理押し込めて成立させようとする演技が多く、いわばヒットはあまり打てないがたまにホームラン出すみたいな感じ。

そしてホームランは打てなくても7、8割のヒットを打てないと俳優業は成り立たない

つまり僕はこのままだとまずいのだ

ヒットを打てるように、つまり形のあったピースを見つけて合わせる精度を上げることができればそれだけ演技の質も上昇する

その為には自分という存在、思考についての核を知り、それを人に伝えられるようにする、つまりは言語化できる能力が必要だと感じるようになってきた。

その言語化能力を磨ける1番の場所は僕が知る限り批評再生塾しかないのだ

ではなぜ迷ってんだ?

じゃあ入ればいいじゃんて話だが迷う理由が3つある

1.お金が17万かかる

僕は売れない俳優なのでお金がない

コンビニバイトを週一増やせばいいが体力が持つか問題

2.物を考える能力がかなり低い

さっきも言った通り作文も何かについての意見をいうのもかなり苦手だ

この批評再生塾にはおよそそういう考えること自体が好きな人が多数集まるだろう

そんな中で考えること自体が苦手で考えること自体を好きになりたいという普通未満の人間がこんな場所に行って意味があるのか?苦痛なだけで終わってしまうのではないかという問題

3.批評再生塾に入れば本当に自分の意見を作れる頭になるのか?

要はこの自分の核が見つかれば行く価値があるのだが、勿論これは相手から与えてもらおうとだけ思っているわけではないけど、実際問題やる気と情熱があれば10ヶ月で本当に”そっち側”に行けるのか?という話

最後に

僕のゴーストは「行け」と囁いている

しかしこのゴーストは天使ではなく悪魔の囁きなのかも知れない

単純に東浩紀さんが好きだから行きたいだけなのが僕の本質なのかもしれない

いくら考えても答えは出ない

ただ行けば演技に深みは出るかもしれない。

でなくても演技が浅くなることはあり得ないだろう

となれば行くしかないのだろうか

批評再生塾第4期の〆切りは2018年5月25日

とっとと決めてしまいた

僕は自分の考えを作り出す為にホリエモンやひろゆきに傾倒した時期があった

そして今僕は新たに東浩紀に傾倒している

このまま倒れ切って自分の世界の崩壊、再構築、新たなビッグバンを生み出せるのか?

いや生み出さなくてはならないのだろう

「俺が生み出す」

「俺が世界を作り上げる」

なんて口では幾らでも言える

実際に僕の潜在能力を上げられるかどうかだ、まず基礎的な批評関係の本読んで今回は逃しといても良いんじゃね?とも思っている

しかしやりながら読みながらやれば良いじゃんて話もある

ただし誰にも時間に限りはあるわけで

何かをやるということはその時間、他の何かを諦めているのだ

もう少し悩みながら、しかしこの勢いで入ってしまうのもかなり有りな気もしながら

というかこの文章書いてたらもう相当入りたくなってしまった感がより強くなってしまった感もある

そんな気もしながら、考えながらのながら的な感じで

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